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zoom RSS いるものといらないもの。 歴史のプライバシー

<<   作成日時 : 2007/11/06 22:00   >>

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僕は人の物ならよく捨てます。
ただ自分で買ったものとか、本のように後から読み返しそうなものというのがなかなか捨てられないです。
でも、そういうのは最初だけの現象のように思います。大抵は時間がたてば、それ自体がいるかいらないかを判断できるようになると思います。
つまり、「これは後で使うぞ」と思っていたものが、半年くらい経つのに、思い出しもしなかったりする。そういう時は必ず捨てです。そこから思うのは、僕は後々のことをもっと考えられるようにならなくてはなあということ。

もう一つ。
今我々が生きている世界、日本だけで考えても、プライバシーは尊重されるもの、という意見に反論は基本ないはず。ならば、なぜ歴史の勉強は許されるのか。とちょっと思った。
昔の人だってプライバシーはあるだろうし、知られたくないことも多いはず。それらを僕たちはほじくり返し、さらし、時に笑ったりする。死んでしまったら関係ないのか。
しかし、「織田信長の子孫」のように歴史上の有名人物には少なからず現代にも影響を及ぼすはず。それが例えば悪名だったりしたらかわいそうではないか。一族の恥を永遠語られるのだ。そんな事を知ることにどんな意味があるのだろう。
もちろん否定しているわけではない。ぼくにはよくわからない、というだけ。
それに、いつまでこれを行うのだろう。1万年後の人たちがかわいそうだ。今より1万年分上乗せされる。10万年だったらどうだろうか。100万年。1億年では、……もう想像ができない。

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